こんにちは。2人の子供を育てるkousei と申します。
「子供ができたら生活が一変する」とよく耳にしますが、私が容易に想像できたのは「自由な時間が減る」とか「お金がかかる」とか、その程度のことでした。
ですが実際親になって最初に気づいたのは、そういう外側の変化ではなく自分の内側の変化でした。
「誰かに無条件に必要とされる」という何とも得難い経験は初めてでした。
赤ちゃんというのは理由なく泣きます。こちらの都合など一切おかまいなしに、夜中の2時でも3時でも泣きます。
オムツは替えた、
ミルクも違う、
抱っこしてトントンも違う、
わかったよ、【パパが嫌なんだね】、とすっかり拗ねて妻に抱っこを変わってもらったことは数知れず。
ですが、それでは育休をとった意味がなく妻にただただ迷惑をかけているだけ(子供がひとり増えた、なんて陰口が予想できます)です。
そこである夜、泣き止まなくてもずっと抱っこを続けたり部屋中をうろうろしたりしたら泣き止んでくれたことがあって、それは僕にとってのものすごい成功体験でした。
親スイッチが入った瞬間でした。
それからはなるべく妻に頼らず、むしろ頼られるようになりたくて主体的に子供の世話をするように心がけています。
上の息子が4歳、下の息子はいま1歳になったところです。
ふたりとも保育園に行ってて、手足口病、プール熱、インフルエンザなどおそらくひととおり1周しています。
そのたびに時短勤務をしている妻がお迎えにいって対応してくれています。
妻が時短勤務を選んだのはふたりで話し合って決めたことです。
妻が時短を選択したのは僕のほうが収入が高かった、だけの理由です。そこに「ママのほうが子供は安心する」という暗黙の決めつけ、思い込みはあったと思います。
先日、下の子が発熱したとき、珍しく僕が先に連絡を受けました。妻がたまたま会議中で電話に出られなかったためです。
保育園に上の子も一緒に迎えに行ってかかりつけの小児科に連れて行き、薬局で薬を受け取って、帰ってテレビを見せてる間に夕飯の準備、なんとか食べさせて、お風呂に入れて、寝かしつけた。
妻が仕事を終えて帰ってくる頃にはそれまでの記憶がなかったです。
「ありがとう、大丈夫やった?」
と言われたとき、初めて気づきました。
妻はずっとこれをひとりでやってきたんだ、と。大丈夫じゃないときも、大丈夫にするしかなかったんやろうな。
全く泣き止まない子をずっと抱き続けたあの夜に親スイッチが入った、と書きました。
ですがその時はまだ、スイッチは半分しか入っていなかったのかもしれません。
残りの半分は、まだこれからな気がしています。
手探りで子育て・親育てはまだまだ続きます。

